午前中の外来診察室でのこと。
新しく患者さんを呼び入れ、「最近の調子はどうですか?」と聞く。
聴診と血圧測定をし、2画面のパソコンでカルテに打ち込んでいく。
カタカタとキーボードを打っていると、隣でその方が打ち明けてくれた。
「先生、じつはもらっている薬を飲んでないんですよ」
70代の男性。
ぼくの外来に通い始めて、まだ数回目の方だ。
打ちながらその言葉を聞き、ひと呼吸。
ぼくはキーボードから手を離して椅子を回し、患者さんと向き合った。
少し申し訳なさそうな表情。
かかりつけの先生からもらっている血圧の薬を、最近飲んでいなかったのだと話してくれた。
こうしたお話を、外来でいただくことがある。
みなさんも、家のどこかに飲み忘れた薬がたまっていたり、外出先で持ち忘れたり、そんな経験はないでしょうか。
「ちゃんと飲まないと」と頭ではわかっていても、毎日続けるのは案外むずかしい。
それについて、医師としてはどう感じるか。
先生によって、受け止め方は違うかもしれない。
ただ、ぼくとしては、言ってくれたほうが嬉しい、と思っている。
もし、このまま飲んでないことを知らずにいたら、治療の組み方が変わることもある。
それに、飲まずに余ってしまった薬は、みなさんの負担にもなってしまう。
ぼく自身、毎日決まった時間に薬を飲み続けるのは、たぶん難しい。
サプリメントを飲むことはあるけれど、気づくと一日分抜けていることがよくある。
体のためとわかっていても、効果がすぐに実感できなければ忘れてしまう。
朝ごはんを抜いた日に「朝食後の薬」をどうすればいいか迷う人もいる。
生活の中で薬を続けるのは、思っている以上にむずかしい。
「わかっちゃいるけど、やめられない」――たしかお酒の話だったと思うけれど、薬についても同じことが言えると感じる。
正しいことを伝えるだけでは、人は動かない。診療の中で、いつもそう実感している。
冒頭の患者さんも、薬が必要だと頭ではわかっていたはずだ。
それでも、飲めなかった。
だから、ぼくたちが「ちゃんと飲んでください」と数字や正論で伝えるだけでは、たぶん足りない。
足りないのは、たぶん「聞いてもらえた」という実感のほうだと思う。
今はAIに悩みを打ち明けられる時代になった。
そして、情報も得られる。
ただ、飲めない理由に静かに寄り添えるかというと、そこはまだ難しい。
人が動くのは、感情を動かされたとき。
聞いてもらえた実感があったとき。
責めずに「そうですよね」と返してもらえたとき。
これは、人にしかできない役割だと思う。
「内服をたまに忘れてしまうんだよな、どうしよう・・・」
そう思うことがあったら、相談してもらえるほうがぼくは嬉しいです。
患者さんと一緒に、どうしようかと考えたいとおもいます。
※この記事は勤務医個人の体験に基づく感想です。個別の症状や治療方針については、医療機関にご相談ください。


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