実家に帰ると、和室の居間で食事を囲む。
畳の和室は寝そべりたくなる。とくに食後はこの誘惑が強い。
テレビをみながら、ついつい横になってしまい、うとうとするのは最高の瞬間の一つだ。
そんな食後の団欒で、父はいつも携帯を手に持ち、日に焼けた顔をすこし後ろにして目を細めながら、画面の上で指を滑らせていく。
なにをしているのか。
Facebookを使っているのだ。
70代前半だが、いろいろな人と繋がっている。
ちなみにぼくは、Facebookを使っていない。というか、使えない。
父のことを今日は書こうと思う。
山と畑と、おすそわけ
父は仕事を引退しているが、忙しい。
春には山菜をとり、畑を耕して野菜を育て、冬には山で狩猟をする。
山の知識が豊富で自分の庭のように熟知している。
おそらく、山であれば食料をもっていかなくても、何日も過ごすことができるだろう。
うちでは食卓に豚汁ではなく、いのしし汁がでる。
いのしし肉はしっかりとした噛みごたえで、あぶらには甘味がある。
仕留めたあとの下処理にコツがあるらしく、臭みはぜんぜんなく、美味しい。
また、父の作るきゅうりやトマトが新鮮でみずみずしくて最高だ。
父は、とった肉や育てた野菜を、まわりの知り合いにおすそわけしている。
お返しに、別のものをいただくこともある。
魚をもらったり、メロンをもらったり。
食が充実している。
実家のまわりにはお互い様がある。
サバイバル能力は、おそらく日本でもかなり高いほうではないだろうか。
そう感じるほどに、生きる力が強い。
いろいろなことにチャレンジし続けている。
病院で目にする風景
一方、病院では、家族や親戚とのつながりが少なくなった高齢の方に出会うことがある。
もちろん、つながりが少なくなった背景には、それぞれの事情がある。
本人の努力だけでは、どうにもならないことも多い。
病状が悪化しても、これからどう過ごしたいのかを、一緒に考えられる人が見つからない。
話し相手のいない病室で、一日の多くを過ごしている。
後見人など制度による支えはある。
それでも、その人がどんな人生を送り、何を大切にしてきたのか。
これを知る人がいないと、医療者だけで治療の方向を考えるのは難しい。
現在の状態を保つための治療が続くなかで、悩むことがある。
これが、その人の望んでいた時間なのだろうか。
人生の終末期に立ち会うたび、つながりの大切さを感じさせられる。
社会資本という言葉がある。
簡単に言えば、人と人とのつながりから生まれる、信頼や助け合いのことだ。
父のおすそわけと「お互い様」は、まさにそれなのかもしれない。
自分の30年後
父の生き方が正解という話ではない。
過去にはいろいろな苦労があった。
それでも、ぼくよりずっと活動的で、いまを充実させているように見える。
ぼくは、父ほど人付き合いが得意ではない。
仕事では毎日たくさんの人と話している。
しかし、そのつながりの多くは、医師という役割があるから生まれているものだ。
外来を終えた日は、一日分の会話をした気分になる。
そして、自宅ではほとんどしゃべらないこともある。
自分の30年後。
父の年齢を超えたとき。
病院を離れたら、自分のまわりには何が残るのだろう。
そのとき、どんな生き方をしているのか。
たぶん、冬に雪山を登って、いのししを仕留めにいくことはないと思う。
畑はたがやしてみたいが。
お互い様を、少しずつ
年をとっても、チャレンジできる。
楽しく生きる。
誰しもが望むことではないだろうか。
このためには、どうするといいのか。
ひととのつながりが、やっぱり必要なのだと思う。
とはいえ、父のようにFacebookをいまから使う気にはなれない。
誰かに何かを渡し、ときには自分も受け取る。
そんな「お互い様」を、これから少しずつ増やしていくことなら、できるのかもしれない。
食後の和室で、父は今日も目を細めながら、携帯の画面を眺めている。
その姿を見ながら、ぼくは自分の30年後を考えていた。

※この記事は勤務医個人の体験に基づく感想です。個別の症状や治療方針については、医療機関にご相談ください。


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