「ととのう」って、結局なんなのか ——前編・身体のしくみ

医師のひとりごと

少し前、飲み会の席でのこと。

ちょっと離れた席で、知り合いの若い先生たちがサウナの話で盛り上がっていた。

ぼくはサウナが好きなので、本当はその輪に入りたかった。
でも、入れずに、離れた席で聞き耳を立てていた。

そのうち、こんな声が聞こえてきた。

「サウナのととのうってあるけど、結局あれって、副交感神経の反応で血圧が下がって、脳に血が回らなくなってるだけじゃないんですか。危ないですよ」

・・・・うーん。それは違うと思うよ。

心の中で、そう思った。
その感覚じゃない、と。

脈だって、しっかり触れる。
あれは、血の気が引くのとは別物だよ。

そう言いたかったが、結局、何も言えずに聞いていた。
離れた席の会話に割って入るのが、苦手なのだ。

だから、ここに書くことにした。
あのとき言えなかった反論を、身体のしくみから、できるだけ正確にたどってみたい。

前編では、まずその身体のしくみを。
後編では、そこから「人間って何だろう」という、少し大きすぎる問いまで足をのばしてみる。

「ととのう」は、意外と新しい言葉だった

まず驚いたのが、この言葉の新しさだった。

サウナという文化そのものは、フィンランドで数百年の歴史を持つ。

でも「ととのう」という言葉で、あの感覚を呼ぶようになったのは、わりと最近のことらしい。

もともとはサウナ好きのあいだで生まれた言い方で、漫画家のタナカカツキさんが『サ道』で描いたことで、一気に広まったとされている。

熱いところと冷たいところを行き来する入浴そのものは、何百年も前から世界中にある。
なのに、その体験を「ととのう」の一語に包んだのは、ごく最近の、日本らしい。

サウナはフィンランド由来。
そこに「ととのう」という意味を与えたのは日本。

言葉は新しいけれど、その身体の経験自体は、人類が大昔から繰り返してきたものだ。
この「新しい言葉と、古い経験のズレ」のことは、後編でまた書こうと思う。

「ととのう」を三つに分けてみる

「ととのう」を身体のしくみで分けると、だいたい三つの場面に整理できる。

ひとつめは、熱せられる時間。

サウナ室に入ると体の奥の温度が上がり、身体は「これはまずい」と判断して、交感神経のスイッチを入れる。
すると、心拍が上がり、血管が広がり、汗で熱を逃がそうとする。

ふたつめは、冷やされる瞬間。
ここが大事だ。

水風呂に入ると、急な温度差に身体がはげしく反応する。
同時に、冷たさで思わず息を呑む反応が、別の神経を刺激する。
アクセル(交感神経)とブレーキ(副交感神経)を、同時に思いきり踏んだような状態になる。

みっつめが、外気浴。
それまでの負荷が、一斉に解除される。
一気にブレーキ側へ振れ戻り、血が末梢までめぐる。
深部の熱がゆっくり下がっていくなかで、眠気にも似た深い脱力がやってくる。

それらは、東フィンランド大学などで研究されている。
サウナ中は交感神経が優位になり、出たあと30分ほどで副交感神経へ切り替わることが、心拍の揺らぎの測定で示されているのだ。

ポイントは、「振れ幅の大きさ」と「振れ戻りの速さ」の落差だ。
この落差こそが、あの独特の浮遊感の正体らしい。
これは要するに、ちゃんとコントロールされた急なストレスと、回復の反応のことだ。

ここで、冒頭の話に少しだけ戻る。
「副交感神経で血圧が下がっているだけ」というのは、半分は当たっている。
でも、半分でしかない。

ととのいは、ブレーキだけで起きるんじゃない。
アクセルとブレーキを両方とも思いきり踏んで、それを一気にゆるめる。
その落差で起きている。

だから、血の気が引いて倒れそうなときとは違って、脈はしっかり触れるのだ。

「不快」こそが、ごほうびの入り口だった

なぜ「ぬるいサウナ」では、ととのわないのか。

熱さのストレスを受けると、身体はまず、ある物質を出す。
それが「熱い、もう出たい」という不快感をつくる。
サウナ室で誰もが感じる、あの「そろそろ限界だ」の正体だ。

その不快の物質が働くと、フィードバックのように、別の受け皿のスイッチが入るらしい。

すると、そのあとにやってくる「気持ちよさ」の物質が、効きやすくなる——という見方がある。
ここはまだ研究の途中で、はっきり証明されたとまでは言えない。

言い換えれば、不快こそが入り口なのだ。

耐えるという負荷を通らないと、ごほうびは出てこない。
快適なぬるま湯のままでは、この回路は起動しない。

このしくみは、サウナだけのものじゃない。
走っていて訪れるランナーズハイ、はげしい運動、辛いものを食べたときのあの感じ。
これらもみな、同じ道を通ると言われている。

「負荷と、その解除の落差がごほうびを生む」という共通のしくみを、人間のいろんな営みに見てとれる。

滝行も、同じ回路を別の入り口から動かしている

この落差を物差しにすると、人類が昔から続けてきた営みが、同じ回路を別の入り口から動かしているのが見えてくる。

たとえば滝行や冷水の修行は、さっきの「冷やされる瞬間」だけを取り出したものだ。

冷たい水で身体が反応し、それに耐えながら呼吸を整える。
サウナの水風呂と、身体の中で起きていることはほとんど同じなのに、意味づけだけが「己に克つ」「清める」のほうへ振られている。

断食のような苦行は、負荷の時間がうんと長い。
サウナが分単位の急な負荷なら、断食は日単位のゆっくりした負荷だ。
同じように意識がふっと変わるのに、からだの中でたどる道は、サウナと断食でまるで違う。

もうひとつ、対極にあるのが、禅や瞑想だ。

こちらは外からの負荷をほぼゼロにして、注意の向け方だけで状態をつくる。
なのに、たどりつく静けさは、サウナのそれと部分的に重なる。
負荷がほとんどないのに、似た場所にたどりつく。ここがいちばん不思議なところで、後編でもう一度考えてみたい。

似て見えて、決定的に違うもの

ここで、慎重に線を引いておきたいことがある。
サウナの「ととのい」と、禅の「悟り」は、同じものなのかどうか。

自律神経やホルモンといった身体の末梢のレベルでは、強い共通点があるようだ。
けれど、脳の真ん中、自分をどう感じるかのレベルでは、大きく違うのではないか。

熟練した瞑想者の脳では、自分のことを考えるときに働くネットワークの活動が下がり、しかもその変化が瞑想中だけでなく、ふだんの安静時にも続くと報告されている。

いわば、脳の配線そのものが変わる、持続的な変化だ。

一方サウナのトランスは、外気浴の数分で消えてしまう、その場かぎりのものだ。
同じ「気持ちよさ」でも、それが人生観にまで染み込む持続的な変化なのか、その場の生理的な瞬間なのかが、決定的に分かれる。

どちらが上、という話ではない。
ただ、「ととのう」を「悟りの簡易版」みたいに語るのは、身体のしくみから見ると、少し乱暴なようだ。

ひとつだけ、医師として言いたいこと

ここまで書いて、最後に医師として、はっきり言っておきたいことがある。

実は、冒頭の若い先生たちの心配は、まったくの的外れではない。
やり方しだいで、サウナと水まわりは本当に危ない。

サウナをもっと深く味わいたくて、呼吸法を組み合わせたい人は多い。
外気浴のときに、吐く息を長くしてゆっくり呼吸するくらいなら、ブレーキ側への振れ戻りを後押しするので理にかなっている。

でも、強い深呼吸を何度も続けてから息を止める。
いわゆる過換気をともなう呼吸法を、水風呂や浴室と組み合わせるのは、絶対に避けてほしい。

はげしい過換気は、血の中の二酸化炭素を下げる。
すると「苦しい、息をしたい」という警告が遅れてしまう。
その結果、酸素が危ないレベルまで下がっても、前ぶれなく気を失うことがある。
これが水のある場所で起きれば、おぼれることに直結する。
冷たい水で息を呑む反射も重なって、サウナと水風呂は、この種の呼吸法といちばん相性が悪い。

ととのいは、安全の上にしか成り立たない。

あの席で言いたかったのは、たぶんこういうことだ。
「血が引いてるだけ」ではないけれど、危ないという心配は正しい。

前編のおわりに

「ととのう」を身体の言葉で解剖してみると、それは「耐えて、解かれる」という、ずいぶん古い人間の営みの、現代風のひとつの形態だ。

不快を通らないとごほうびが出ないというしくみは、運動とも修行とも地続きなようだ。

では、なぜぼくたちは、わざわざお金を払ってまで、この「負荷と解除」を買い求めるのだろう。

便利になって、苦しみが取り除かれていく時代に、人はなぜ自分から熱さと冷たさに身を晒すのか。

そして、もしこの先、AIがぼくたちの仕事を肩代わりして、世界がもっと便利になったとき。
サウナのような営みは、消えるのか。
それとも、むしろ求められるようになるのか。

後編では、身体から少し離れて、その問いを考えてみたい。

後編を公開しました → 「ととのう」って、結局なんなのか ——後編・消えない理由



※この記事は、勤務医個人の体験と、一般的な情報の紹介をまじえた感想です。サウナの感じ方や安全には個人差があります。とくに、激しい呼吸法を水のある場所で行うことは避けてください。持病のある方や体調に不安のある方は無理をせず、かかりつけの医療機関にご相談ください。

参考にした主なもの:

  • 「ととのう」という言葉の広まり方:日経クロストレンド「サウナブームの火付け役が語る バズワード『ととのう』誕生秘話」 https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00503/00003/
  • サウナと自律神経(入浴後に副交感神経が優位へ):Laukkanen T, et al. “Recovery from sauna bathing favorably modulates cardiac autonomic nervous system.” Complementary Therapies in Medicine, 2019.
  • ストレスの「不快」とダイノルフィン/κオピオイド系:Land BB, et al. “The Dysphoric Component of Stress Is Encoded by Activation of the Dynorphin κ-Opioid System.” J Neurosci, 2008;28(2):407.
  • 瞑想と脳のネットワーク(安静時にも続く変化):Brewer JA, et al. “Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity.” PNAS, 2011.
  • 過換気と水中での失神(溺水のリスク):”Shallow Water Blackout.” StatPearls, NCBI Bookshelf. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK554620/

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